July 27, 2008

 しょーもない連想話です。

\里ら気になっていたことだったが、何かのおりにまた思い出した。
 ぼくはいわゆるフォーク世代だ。フォーククルセイダーズの『紀元二千年』が中学3年だったか。そこから関西フォークにはまり、谷村新司などロックキャンディーズの頃から知っているし、井上陽水がアンドレカンドレという名前で歌った「カンドレ・マンドレ」という歌も知っている。
 その頃の話だが、当時のフォークソングには「何かを探して」とか「何かを求めて」というような言葉がやたらあった。
 たとえばはしだのりひことシューベルツの『風』(詞:北山修)にも「何かを求めて振り返っても、そこにはただ風が吹いているだけ」という歌詞がある。いまはとりあえずこれしか思いつかないけれども、ほかにもいっぱいあったように思う。
 とりあえず「何かを探して」と言っておけば時代の気分に合ったのだろうが、この「何か」とは何だったのだろう――というのが、ずっと気になっていたことだった。
 時代は60年代末から70年代はじめ。学生紛争が起き、70年安保をはさんだ70年またぎの時期。いわゆる団塊世代がその中心にいたわけだが、その団塊世代はその後「何か」を見つけたのだろうか。見つけたとしたら、その「何か」とは何だったのだろう――と、そのあとの「後団塊世代」であるぼくは考えるのだ。

△修鵑覆海箸鮃佑┐討い燭蕁▲謄譽咾覗蠹弔澆弔鬚寮犬泙譴芯が、町興しとして町中に相田みつをの書を掲げている……というようなニュースを見た(ながら見なのでよくは憶えていないのだけれども)。
 相田みつをと言えば、有名なのは「人間だもの」という言葉だ。
 そうしたら、吉田拓郎の『人間なんて』(詞曲:吉田拓郎)という歌を連想し、そういえば『人間なんて』にも「何かが足りないよー」というような歌詞があったなと思った。
 では、「人間なんて…」という言葉を「人間だもの」に置き換えたらどうなるんだろう、と思い、やってみたら、アラ意外とハマるじゃないの。

人間だもの ララララララララー
人間だもの ララララララララー
人間だもの ララララララララー
人間だもの ララララララララー

何かが欲しい オイラ
それが何だか わからない
だけど 何かが たりないよ
いまの 自分がおかしいよ

空に浮ぶ 雲は
いつかどこかへ 飛んでゆく
そこに 何かが あるだろうか
それは誰にも わからない

人間だもの ララララララララー
人間だもの ララララララララー
人間だもの ララララララララー
人間だもの ララララララララー
人間だもの ララララララララー
人間だもの ララララララララー

きいてよ オイラの話を
何が こうさせたのか
いつの間にやら 今ここで
歌を うたっている オイラ

人間だもの ララララララララー
人間だもの ララララララララー
人間だもの ララララララララー
人間だもの ララララララララー
人間だもの ララララララララー
人間だもの ララララララララー

 でも、「人間なんて」と「人間だもの」の間には“深くて瞑い”河がある。

(21:55)

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この記事へのコメント

1. Posted by height shoe insoles   August 27, 2013 14:47
How come you do not have your web site viewable in mobile format? Can not see anything in my Droid.

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