January 2008

January 16, 2008

 今年の仕事始め――というより、仕事で最初にお会いしたのは小沢昭一さんで、新宿駅東口の滝沢だった場所にできた椿屋という珈琲店。
 昨年最後にお会いしたのは春風亭昇太さんで、内幸町のイイノホール。「にっかん飛切落語」の開演前のロビーで、ナント昇太師匠、桂米朝、桂三枝に挟まれて3枚看板になっている。
 どちらも東海大学系列の月刊『望星』という雑誌の特集の取材で、テーマは「落語と日本人」。落語というのは日本独自の“一人芝居”のスタイルだ。漫談みたいなものはアメリカのスタンダップ・コミックのようにいろいろあるけれど、落語はシチュエーションがあり、登場人物があって、かつ一人芝居でもモノローグではなく――イッセー尾形だってモノローグだ――演者が複数のキャラクターを演じ分けるというのはヨソにはない。従って、世界でもきわめてユニークな芸だといえる。
 とはいえ、シェークスピアなら世界にあるが、落語はおおむね日本人しか聴いていないので、「落語と日本人」とはきわめて曖昧なテーマ設定だ。だから、今回はこっちもとくに事前に準備することもなくアバウトなままお会いして、出たとこ勝負、成り行きまかせのインタビューとなった(これはこれで、けっこう緊張するものではあるけれど)。

 それにしても、年末年始の仕事が「落語」とは何ともお目出たいじゃない?
 昇太師匠の前の取材は、「うつ」をテーマに専門医やカウンセラーなどで、社会的問題だから大切なテーマだし、興味深くはあっても、当たり前だが楽しくはないやね。

 小沢さんにお会いするのは、今回で4度目だ。いずれも『望星』のインタビューで、最初が「童謡・唱歌」というテーマだった。これはぼくから出したテーマで、日本の童謡・唱歌には何かがあるとずっと思っていて(ちなみに「童謡」と「唱歌」は違う)、ちょうど小沢さんがご自分の好きな童謡・唱歌を歌ったCDを出されたものだから、ぜひお話をうかがいたかったのだ。
 それだけではない。ぼくにとって小沢昭一というヒトは、子どもの頃から興味ある人でもあった。最初知ったのは裕次郎やアキラが看板を張っていた頃の日活映画で、いつもヘンな役ばかりやる人という印象だった。高校ぐらいの時には『話の特集』などで目にするようになり、それから『日本の放浪芸』の研究でしょう? 永六輔、野坂昭如と3人で「中年御三家」として武道館で歌のコンサートをやったりね。ラジオの『小沢昭一的こころ』もときおり耳にしてました。で、落語などにはばかに詳しい……。
 そういうこともあって、お会いすることだけでもうれしかったのだが、インタビューするとお話がとても楽しいのだ。小沢さんの“いい時代”は戦前である。生まれ育ちは東京・蒲田。その戦前の東京の下町(蒲田を小沢さんは場末と呼ぶが、松竹の撮影所もあり、近くには文士村などもあって、かなり文化的な町だったようだ)の話はとても興味深い。
 しかもテーマが童謡・唱歌だから、インタビューの途中で歌が出る。2度目のテーマは「日本の音」で、小沢さんからは物売りの声や門付けの文句が再現される。へぇー……と感心している場合ではない。ぼくはこれを文章で伝えなければならないのだ。
 文字化したいくつかが以下のようなものです。

「エーィ、いわしコイ、テーイ、いわしコイ」(イワシ売り)
「早く、出てきて、アーメ買っておくれ。この飴なめたら寝小便(ねしょんべん)が止まるよォ〜」(飴売り)
「大黒さんという人は、一(イチ)に俵を踏んまえて、二(ニイ)でにっこり笑(わーろ)うて…」(大黒舞という門付け)

 テンポや抑揚を文字にするのはとても無理(笑)。
 3回目は「食」。小沢さんは、戦前豊かだった食と、戦中・戦後の飢え死にしそうだった時代の経験を踏まえて、こう言ったものだ。
〈「戦争反対、戦争反対」と誰もが言う。当たり前のことのように口にしますが、わかってないことがあって、それは戦争になると食い物がなくなるってことです。いまの人たちは観念的に「戦争は悪い」と言うけれども、戦争とは“食い物がなくなって、生きていけなくなる”ってことなんです。誰もが生きていけなくなることに加えて、空襲だ、戦死だっていうんでまわりでバタバタ人が死んでいく――それが戦争の実態であって、そういうことをあのボンボンの総理大臣(安倍シンゾーくんのことです)はホントに知ってんのかと思うんですけどね。〉
 つまり戦地で死んだり、空襲で死んだりというのはもちろん悲惨だけれども、その悲惨の一番中心は、戦争になると食い物がなくなってほとんどの人間が生きていけなくなるということなんだ、と。この実感はぼくらにはわからない。

 今回は「落語」で、落語に対する子どもの頃からの思い出から今日に至る落語への思いを語ってもらったのだが、テーマが何にしろ、小沢さんを貫いているのは、「人間、適度に貧乏なほうがいい」という思いだ。「3万円のお節の折りを買って食ってるようなやつに落語なんかわからない」という。「人生の辛酸を嘗めるほど、落語は面白い」ともいう。
 小沢さんは日本の民主主義なんか信じてなくて、「貧主主義」がいい。「デモクラシー」ではなく、「ビンボーグラシー」で行きたいという。

 ……というわけで、雑誌の取材ではあるけれど、折りにつけ小沢さんにお会いしてお話を聞くことは、ぼくの楽しみのひとつになっている。

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