January 2006

January 05, 2006

 父親の叔父貴が郷里で何軒か映画館を持っていたことと、父親が無類の映画好きだったせいで、物心つく前から映画館に連れて行かれており(タダ券がもらえるのだ)、すでに小学生の後半には劇場招待券を握りしめ、一人で日活アクションや大映時代劇などを見に行くようになっていた。そんな育ち方だったから、ぼくの日常生活にはずっと「映画」というアイテムが当たり前のように存在している。

さすがに近年は、劇場へ足を運ぶことはめっきり減ったけれども(並ばされたりするのが嫌だ)、レンタルのビデオはよく観ており、昨年初めにようやく安いDVD再生機を手に入れてからはもっぱらDVDで楽しんでいる。とはいえ、ぼくがいま住む町のレンタルビデオ店は、この10年ほどの間に3軒あったのがいずれも姿を消したために、仕方なく新宿まで出て行く、あるいは新宿経由でどこかへ赴く用事があるときに新宿東口のTSUTAYAを御用達として借りたり返したりしているので、面倒といえば面倒なことになっているのだけれど。

 

しかし、家で観るレンタルのビデオあるいはDVDは、劇場で観るの違い緊張感が欠けるからか、また酒を飲みながら観ているというようなシチュエーションが多いからだろうか、つまらないのは観る片端から忘れていく。観た作品のタイトルさえ憶えていないことも少なくない。

そこで、オレはいったいどのような映画をどれぐらい観ているのだろうと、去年の正月に一念発起して(というほど大袈裟なものではないけれど)、記録を付けることにした。といっても、感想なんぞを書き始めたらきりがないので、タイトルのほかは監督や役者、原作など、ちょっとメモしておきたいものを、パソコン上の簡単な日記帳に書き留めるだけのことなのだが、その昨年1年分が以下の記録だ(映画だけでなく、内外のテレビドラマも多い)。

これを眺めると、月によってすごく少ないときもあって、きっと記録しそこなっているものがけっこうあるのではないかと思われる。

ともあれ、こうやって振り返ると、昨2005年は、オンエア時にテレビで観て以来、もう一度観てみたいとずっと思っていた岡本喜八監修のテレビドラマ『遊撃戦』(68〜69年)のDVDと邂逅し、狂喜乱舞したところから始まり、韓流テレビドラマ『チャングムの誓い』のドラマづくりに感心し、感動し、ハマったところで終わった1年だった。結局、劇場で見たのはジョニー・デップの『ネバーランド』だけだった。 赤字は面白かったもの。「挫折」は途中で観るのをやめたもの)

 

 

1月 19本

遊撃戦テレビ版独立愚連隊「遊撃戦」佐藤允1、2、3/藤田敏八監督 梶芽衣子「修羅雪姫」「修羅雪姫 怨み恋歌」映画館で見て以来の再見/小林旭 舛田利雄「完全なる遊技」芦川いずみが可愛い/「散打王」/ジェリー・ブラッカイマー製作「キング・アーサー」/黒澤明脚本「敵中横断三百里」/大林宣彦「なごり雪」/ジョニー・デップ「ネバーランド」(映画館で)/ジェームズ・コバーン「地上最大の脱出作戦」/「ホーンブロワー 海の勇者」1〜6/「新・少林寺三十六坊」リュウ・チアフイ 監督劉家良 方世玉の物語

 

2月 12本

ダメ男のダメな日常「アメリカン・スブレンダー」ワンダフルでした/「愛の落日」原作:G・グリーン『おとなしいアメリカ人』/「ホーンブロワー」7、8/チャン・イーモウ「Lovers」/「ホテル ヴィーナス」//ケイト・ブランシェット「ヴェロニカ ゲイン」/チョウ・ユンファ「上海灘」1、2/「ビッグ・フィッシュ」ティム・バートン監督/「海猿」/「MASK DE 41」田口トモロヲ主演

 

3月 28本

「上海グランド」(「上海灘」の映画化) ツイ・ハーク プロデュース、アラン・タム レスリー・チャン/「上海灘」 5〜9/「インファナル・アフェア2」/「ホネツギマン」コーエン兄弟脚本/「沈黙の聖戦」スティーブン・セガール/「南少林」/「コラテラル」トム・クルーズ/「エゴイスト」アンディ・ガルシア/「マスター・アンド・ウォリアー」上下  コッポラ総指揮/「昭和残侠伝 血染めの唐獅子」疲れているときには任侠映画です/「スウィングガールズ」 ぐね?いぐね?/「昭和残侠伝 人斬り唐獅子」/「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 辛亥革命(2枚組)」/「マッスル・モンク」アンディ・ラウ/「昭和残侠伝 唐獅子牡丹」/「昭和残侠伝」/「酔いどれ博士」勝新太郎/「侠骨一代」マキノ雅博 高倉健/「パブリック・アイ」ロバート・ゼメキス制作 ジョー・ペシ 再見

 

4月 7本

「80日間」J・チェン/テレビ時代劇「斬り抜ける」1〜6近藤正臣

 

5月 15本

渡辺謙「仕掛人 藤枝梅安」シリーズ1〜3/アラン・パーカー「ケロッグ博士」上野圭一さんご推薦/「機関車先生」/「オールド・ボーイ」/「スタスキー&ハッチ」テレビシリーズを新たに映画化。ダメ/「ヤング・ブラック・スタリオン」馬の映画です/横山秀夫原作・仲間由紀恵「顔」1〜4/「三文役者」新藤兼人 竹中直人/「ゲーム」仲間由紀恵/篠田節子原作「カノン」行定勲 賀来千香子

 

6月 9本

「五線譜のラブレター」ケビン・クライン コール・ポーター物語/「アナーキスト」韓国映画 上海20年代、朝鮮・義烈団/「ターミナル」S.スピルバーグ トム・ハンクス/「Ray./「スカイ・キャプテン」挫折/「シークレット・ウインドウ」ジョニー・デップ 半分のところでネタが割れた/「キャットウーマン」ハル・ベリー/ヘンリー・ミラー原作、クロード・シャブロル監督「クリシーの静かな日々」 昔のモノクロ版のやつがよかった/「パーマネント・ミッドナイト」

 

7月 6本

「コニー&カーラ」 傑作音楽映画/「ソルトン・シー」バル・キルマー ヤク中の潜入捜査官/「スーパーサイズ・ミー」マクドを1ヵ月食べ続けたドキュメント/「ピーター・セラーズの愛し方」ピーター・セラーズの伝記

/「サイドウェイズ」 主役は「アメリカン・スプレンダー」の彼/「マイ・ボディガード」デンゼル・ワシントン、原作は『燃える男』

 

8月 13本

パッチギ「隠し剣、鬼の爪」/「笑いの大学」稲垣吾郎がどうも…/「パッチギ」井筒和幸久々の快作/「大統領の理髪師」大統領とは韓国のそれ。/「ボーン・スプレマシー」マット・ディモン/萬屋錦之介「それからの武蔵 」1〜6/「新・香港国際警察」ジャッキー・チェン 久しぶりの力作/「トレジャー・ハンター」ニコラス・ケイジ

 

9月 6本

「真説 タイガーマスク」船木将勝がタイガー 哀川翔/「エイリアス」1〜4/安藤昇自伝「渋谷物語」村上弘明 やっぱりご当人が最後にちらっと出るんだ…

 

10月 17本

マーティン・スコセッシ「アビエイター」デイカプリオ/「失われた龍の系譜」ジャッキー・チェンの親父の物語 ドキュメント/「ビヨンド・ザ・シー」ボビー・ダーリン物語 ケビン・スペイシー 見事/中島らも原作「お父さんのバックドロップ」宇梶剛志/「南少林三十六坊」1〜6 方世玉の物語/「沈黙の標的」スティーブン・セガール/キム・ベイシンガー「セルラー」/「ローレライ」CGがまるで書き割り/「恋は五・七・五」/向田邦子ドラマスペシャル「眠る盃」久世光彦演出/「理由」大林宣彦/向田スペシャル「夜中の薔薇」

 

11月 23本

チャングムの誓い「デンジャラス・ビューティー2」サンドラ・ブロック/「ミリオンダラー・ベイビー」C.イーストウッド/「チャングムの誓い」1〜10/向田スペシャル「いつか見た青い空」/「リバイバル・ブルース」/「ER 勝廝院腺粥.掘璽坤鵑發發10シリーズ目。ということは、何年見続けているんだろう?/「さよなら、さよならハリウッド」ウディ・アレン/「サハラ 死の砂漠を脱出せよ」ダーク・ピットものの映画化/「イン・ザ・プール」松尾スズキ 挫折/「野獣の青春」鈴木清順 宍戸錠/「ストーン・コールド」トム・セレック 原作ロバート・B・パーカー/向田スペシャル「春が来た」桃井かおり 松田優作

 

12月 18本

「クライシス・オブ・アメリカ」ジョナサン・デミ監督 デンゼル・ワシントン/「バタフライ・エフェクト」何度でも生き直す物語/「きみに読む物語」/消防士もの「炎のメモリアル」トラボルタ/「インファナル・アフェア3」/「レディ・ダルタニアン」マイケル・ヨークがダルタニアン!/「チャングム」11〜12/「ER 勝廝6/「宇宙戦争」 スピルバーグ、トム・クルーズ/「村の写真集」 藤竜也/横山秀夫「半落ち」寺尾聡/向田スペシャル「女正月」/向田スペシャル「響子」/京極夏彦原作「姑獲鳥の夏」堤真一 阿部寛 実相寺昭雄監督/「オペレッタ狸御殿」鈴木清順 いやはや…/「ブランニュー・ワールド」

 

 

――というわけで、合計173本。書き留めてみると、自分でもあきれるほどよく見てるわ。いったいいつ仕事をしているんだと、いつも原稿が遅れ気味のクライアントからお叱りの声が飛んできそうだ。ただ、残念ながら一昨年の「下妻物語」のように、“ぶっ飛びオモシロ”映画はなかった。しかし、こうやって眺めると、自分の嗜好がよくわかる。今年は映画だけでなく、買った本も記録していこうと思っている。本もまた何を買ったか忘れていることが多いんだよねえ。



(14:32)

January 02, 2006

 昨年最後の用事は28日、「万歩計日和」のMIZUGAME氏と芝の増上寺へ行くことだった。もしかしたら増上寺内のスペースが借りられるかもしれないという話があり、であれば、ちょっとしたイベントをやりたいと思っているからだ。
 モノはMIZUGAME氏がハマり、プロデュースしてCDをつくってしまった
クリスタルボウル(水クリスタルボウルCD「倍音浴」晶でつくったボウル=bowl)という、簡単に言ってしまえばヒーリング音器によるライブだ。
 このかたちの金属製のものはお寺に行くとある。「お鈴(りん)」という仏具で、読経の最中に
棒で叩いてゴーンと鳴らすあれだ。クリスタルボウルも、叩いたりこすったりして音を出し、その響きというか波が心身を調律してくれる――というもので、お鈴と無縁ではないところもあって、彼とぼくとで「お寺でライブをやったら面白いよね」という話になり、実は昨秋、いくつかのお寺で実施してみたところ、予想以上によかった。そうしたら、その中のあるお寺さんから、「増上寺でもやれるかも」という話が出たのだった。
 増上寺といえば浄土宗の大本山であり、徳川家の菩提寺として東京(江戸)を代表するお寺のひとつである。そこでライブをやれたらすごいじゃないの。
 ということでの増上寺見学だったのだが、結果はどうやらやれそうな雰囲気で、そう、4月の終わりか5月あたりのエアコン不要な季節(空調機の音はかなり影響するから)で考えてみようか、というような話で終わったのだった。
 で、MIZUGAME氏らとは大門の中華料理店で遅めの昼食をとって別れ、新宿でTSUTAYAでDVDを返却したり、借りたりなどの用事をすませ、夕方にはおとなしく帰宅した。「さあ、明日からは大掃除モードだ」と心に言い聞かせつつ。ところが……。

 酒場に引っかかることなくおとなしく帰ったというのに、翌日目覚めたら、その途端、「あ、こらアカン」とわかるほど発熱していた。何しろ、寝床にいるのにいきなりからだにガタガタと震えがきたのだから。
 症状としては風邪である。熱がある。咳をすると気管支のあたりが痛い。しかし、風邪でないことはわかっている。年内、とりあえずやれることをやったということで気がゆるみ、そのゆるんだ隙を狙って何かがドッと押し寄せ、変調をもたらしたのだ。実はこんなことが2年に1度ぐらいある。あとで考えると、いつも何かしら一段落したようなときで、朝、いきなり、「あ、今日はダメ、もう」ということになってしまう。

 中年の独り暮らしはお気楽だが、こんなときばかりは情けない。情けない以上に、せっかく気持ちは大掃除モードになっていたのに、からだが裏切ってしまったのだからくやしくてしかたがない。なぜ大掃除にこだわるかというと、めったに掃除をしないので、「せめて正月前には」という気持ちはもちろんだが、それをやらないと本や雑誌、仕事関係の資料、そのほかあれやこれやで散らかり放題で足の踏み場もないわが居間兼仕事場に炬燵を設えられないからだ。
 わが家は武蔵野の一角にある古い2階屋で、生活の主たる場所である階下は、夏は涼しいのだが、冬は地面の冷気が床にじかにくるのでとても寒い。暖房機としては古い冷暖房エアコンと、石油ファンヒーター(前のが不調で買い換えたばかり)があるのだが、熱気というのは上に昇るものだからして、いつまでも下にたゆたっていてくれない(2階に行くと、その熱気が溜まっていて、何もせずとも暖かいぐらいだ)。
 エアコンの温風は吹き出し口を下向きにしていても、出る熱気、出る熱気、すぐに上に逃げてしまって、床に座っているぼくにはちっとも届きやしない(言い忘れたが、仕事は炬燵台――もちろん冬場以外は炬燵布団はない――にノートパソコンを置き、座椅子に座ってやっているのです)。一方、ファンヒーターというのはファンの音がうるさいといえばうるさいし、あのなま暖かな風は長時間だと気持ちが悪いのでときどきは止める。

 そうした条件で言うと、炬燵は少しの電力で下半身をしっかり温めてくれるから、上は何かを羽織っていれば十分に暖かいし、エネルギー的にも効率的である。
 であるから、わが家の冬には炬燵が必需なのである(もっとも、炬燵が大好きというのもあるけれど)。
 ゆえに清々しい気持ちで、かつ暖かく正月を迎えたい――と望むのであれば、ここで一発大掃除が必要なのだ。なのに、ここにきて熱に倒れるとは……。

 などと嘆いている暇はない。ここは早く体勢の立て直しが必要である。
 そこでブルブル震えるからだを何とか起こして台所へ行き、2リットル入り薬罐セーターを着た湯たんぽと1.2リットルのガラスポット2つに湯を沸かした。一方、湯が沸く間にはトイレへ行って、体内の出すべきものを出した。そして、沸いた湯のうち薬罐のそれは先日、東急ハンズで買った湯たんぽ(スグレモノである。この冬買ったものの中では一番のヒットだった)に、ガラスポットのはマグカップに注いで寝床に戻り、マグカップの熱い湯を飲んで、湯たんぽを抱いてまた寝ることにした。とにかく内と外から温めようと思ったのだ。その熱がどれほどのものだったのかは、測っていないのでわからない。わかったってしようがないもの。ここでは、トイレと同様、出るものはとにかく出してしまおうという考えです。

(写真が湯たんぽ。塩ビ製でフィッシャーマン柄のタートルネックセーターを着ている)

 からだの寒さはまだ続いている。頭のあちこちに頭痛というほどではないが、微妙な違和感――後頭部のあたりがジーンとするとか、血流が悪くなっているような部分を感じるとか、額の生え際のあちこちを押すと痛感があるところがあるとか――がある。そこで、“心身を調律する”という前出MIZUGAME氏制作のクリスタルボウルCDをかけ、イヤホンで聴きながら目を閉じる。実際、このCDを聞いて頭痛がすっきりしたなどという報告が彼のところには寄せられている。
 やがて、こんどは猛烈にからだが熱くなってくる。だからといって掛け物をはがしたりせず、がまんする。汗が出てくれば、汗を拭う。そしてしばらく眠る。そう、1時間半ほどばかり。目が覚めるとまた尿意があるのでトイレへ行き、白湯を飲んで横になる。再び寒気が襲ってくるが、湯たんぽを抱きしめ凌ぎ、まどろみ、目が醒め、トイレへ行き、水分を摂って寝る――この繰り返しだ。面白いのは、目覚めるたびに尿意があることで、補給した分が寝ているうちにからだを通って出る、という感じ。これはどういうことなのだろう?

 つらいかといえば、そうでもない。熱が出るということは、からだの免疫システムが激しく活性化しているということだ。たとえばこのとき、リンパ球はがん細胞を攻撃して破壊する。この作用を逆に取ったのが、からだを外側から極限まで温めることによって免疫を活性化し、がん細胞をやっつけようというがんの温熱療法だ。だから、熱が高いときには目を閉じて、「ああ、ワタシの中のがん細胞が壊されていく」と思うことにしている。そうすると、この熱もありがたいものに思えてこないでもない。

 この戦いの始まりがいつだったか、いまとなっては定かではない。午前11時頃ではなかったかと思う。そして激戦が終わったのは、目覚めてみたら夕方6時だった。もちろん完全復活したというわけではなく、発熱のピークを越えて、からだは多少ふらつくものの、起き上がって何か簡単な作業ならできそうだ、という程度なのだが、そこで、「ここだ」と思い、自転車をギコギコ漕いで(足がとっても重い)ドラッグストアへ行き、漢方薬エキス剤の「葛根湯」12包入りを購って家に戻り、白湯で飲んで、また寝た。
 アスピリンベースの解熱剤は手元にあったのだが(別の理由で常備している)、こういうときには飲まない。なぜなら、発熱が免疫の活性化だとすれば、それを抑える解熱剤は免疫を抑えるからだ。ま、このへんの案配は、自分のからだとの相談だよね。

 ……終戦の締結状態になったのは、夜の9時頃だったろうか。
 熱はほぼ平熱に戻っている。喉の痛みは『南天のど飴』程度で何とか治まる気配があった。何より空腹感があったから、もうあらかた大丈夫だろうという実感だった。そこで、炊飯ジャーの中のめしを粥にし、友達からもらった門前仲町で購ったという昆布の佃煮を菜に食べ、ようやく生き返ったのだった。
 あーよかった――とはいかない。生き返る目的は大掃除なのだからして。とはいえ、まだ掃除に取りかかるほどの元気はないから、この日は捨てることにして、すこーしバーボンを飲み(オイオイ)、TSUTAYAで借りたDVDを見(オイオイオイオイ)、葛根湯を飲み、湯たんぽを抱いて明け方寝たのだった(何せ1日寝ていたものだから、眠くないのだ)。

 以降は端折る。翌30日に活動を開始したのは午後。まだからだが怠いので、掃除は先延ばしにして買い出しへ。ひと駅隣の駅前にあるショッピングビルの地階には自然食品店があるので、そこで餅(丸餅)や何かを買い、わが町に戻って駅前スーパーでその他必要品を買って帰ったのだが、もう少し元気があったので、とりあえず玄関を掃き清め、入り口にしめ縄を張った。それからトイレと風呂場(汚と浄の場。西洋では一緒になっているところに何か意味がある?)を大雑把ながら何とかすませ、そこで力尽きた。夜中の1時半だった。
 何で1時半かというと、この日のこの時間からは、毎年楽しみの『朝まで生鶴瓶』(笑福亭鶴瓶のワンマンステージ)がテレビであり、見逃せないからだ(笑)。ゲストはここのところすっかり常連のアルフィー・坂崎選手(この番組については、いつかあらためて書きたい)。

 大晦日。この日も体調がすぐれず、寝たり起きたりで、ようやくキッチンの掃除に取りかかったのは夕方5時。一番大変なのはレンジまわりで、今年は秘密兵器の洗剤を通販で購い、真っ黒になったレンジと格闘すること3時間。何で3時間かというと、すぐに疲れるので、ちょっと戦っては炬燵台の前に戻り一服し、というのを繰り返していたためと、そのうちテレビで『プライド男祭り』などが始まったためで、ちょっとやっては疲れてテレビの前に戻り、休憩してまた取りかかる――というような案配だったから。
 キッチンの掃除が終わると、ようやく正月の準備だ。レンジに寸胴の鍋をかけ、水を張り出汁を取る。一番は翌日からの雑煮のそれだが、今夜の年越し蕎麦のかけつゆもこれで行くつもり。長崎産のアゴだし(トビウオの粉末のパック)と干し椎茸を放り込んで火を付ける。買い置いていた数の子を塩出しする――まあ、その程度。
 そうこうしていた
年賀状2006ら、『K-1』も始まって、もうどうしようもないよね。中でも吉田vs小川戦はよかったな。ボビーvs曙戦も始まって、チャンネルを行ったりきたりが忙しくて、掃除どころではない。お腹も空いてきたので、年越し蕎麦をつくって食べ、少しばかり酒を飲み、今年最後の風呂に入ったら、深夜2時をまわっている。
「もう全部はダメ」と観念し、「とにかく炬燵を設えるために」と居間の掃除に取りかかり、炬燵台のまわりだけとにもかくにも手を入れて、ようやく炬燵台に布団を掛けたのは5時頃だっただろうか。あー疲れた(ちっとも端折っていないぞ)。

 おかげでいま、暖かい炬燵でこの一文が書けているのです。

 



(05:05)