November 2005

November 14, 2005

 この、アメリカ渡りのことばを初めて目にしたのは、3年ほど前だったと思う。以降、日本ではどうなのか注目していたら、ようやくここにきて急にクローズアップされてきた。

 LOHAS。
 まだ「ロハス」「ローハス」と読み方は統一されていないようだが、Lifestyles of Health And Sustainabilityの頭文字を取った造語だ。いまやSustainability(持続可能な)はエコロジーと同義語だから、“地球環境に配慮しながら、エコロジカルで健康的な生活を送る人たちのライフスタイル”というような意味になる。語呂は悪いが聞こえはいいよな。

 このことばが生まれたそもそもについて読みかじりの知識で簡単に紹介すると、1998年にアメリカのポール・レイという社会学者とシェリー・アンダーソンという心理学者が、全米15万人を対象に15年間にわたって行ったアメリカの成人の価値観調査結果について明らかにしたことだった。
 その調査結果によると、「信心深い保守派」(Traditional)が24%、「民主主義と科学技術を信奉する現代主義者」(Modern)が47%だったが、それに続く、ある明確な志向を持つ第3の勢力が29%――4人に1人以上――あった。それは40年前にはほとんど見られなかった新しい価値観・世界観・ライフスタイルだったことで、彼らはこの人々を「カルチュラル・クリエイティブス」(Culutural Creatives:生活創造者)と呼んだ。
 カルチュラル・クリエイティブスとはどういう人たちか。ひとことで言えば、近代の大量生産・大量消費を前提とした経済成長や競争をよしとするあり方への反発から生まれてきた価値観を有する人々で、保守派や現代主義者と比べると、以下のような傾向がとくに強いという。

・持続可能な地球環境や経済の実現を願い、そのために行動する。
・金銭的・物理的豊かさを志向せず、社会的成功を最優先しない。
・人間関係を大切にし、自己実現に努力する。
・政治にあきらめを感じていない。
・西洋医学の医薬品に頼らない病気予防や、代替医療に関心がある。

 調査によれば、こうした志向を持つ人たちは1960年以降、その数を徐々に増やし、現在アメリカでは全米の4人に1人に当たる5000万人、EU(欧州連合)諸国内では8000〜9000万人存在すると見られるらしい。ちなみに、アメリカのカルチュラル・クリエイティブスの平均年齢は42歳。うち3割が大卒で、年収は全米の平均以上。そして、その6割は女性ということだ。
 そして、このカルチュラル・クリエイティブスのライフスタイルに対して付けられたのが、LOHASという造語なのである。

 この価値観的傾向を見ると、何のことはない、環境NGOの活動家で『スロー・イズ・ビューティフル』の著者の辻信一らが提唱してきた「スロー」という概念と何ら変わらない。
 しかし、決定的に違うことがあって、それは、「スロー」は消費する側――つまり、市民の側から生まれたことばだった。ところが、LOHASの命名者は、実は生産する側――アメリカの企業側というところだ。
 乱暴な言い方をすれば、企業から見て、「おお、わがアメリカには、こんな大人の4人に1人という、おいしい市場があったのか」という発見であって、LOHASは、「スロー」のごとくオルタナティブな価値創造のためのキーワードではなく、モノを売るためのマーケティング用語なのです。
 ここを取り違えてはいけない、と思う。

 日本でもようやくこのことばがクローズアップされてきたということは、LOHASをキーワードにビジネスしようとする動きが始まった、ということなのだが、それを仕掛けるのに広告会社の電通が動いているらしいという噂は、前から耳にしていた(そうしたら実際に電通LOHASプロジェクトというのができていた)。
 いや、だからといってLOHASは怪しいと言っているわけではもちろんない。LOHASが規定するような生産者がつくるLOHASなモノというのは前からずっとあるわけだからね。

 ただ、以前書いたように、ファストフードの代表のMクドナルドが、本来はそのあり方に対する異議申し立てであったはずの「スロー」を、ことばだけがメディアで消費され、その概念がきちんと広まっていないことをさいわいに、自社の企業キャンペーンにぬけぬけと使うような事例だってあるわけだ(05/09/07 「笑っちゃったぜ」)。
 だから、LOHASなることばの意味や謂われを知らず、「私ってば、ロハスな人だから」などと口にするということは、“売らんかな”だけを狙っている企業からすれば、カモネギのお客さんなのです。



(23:24)

November 13, 2005

 

 この一文は昨年(2004年)秋に書いたものです。

 

頭の体操 近ごろ本屋へ行くと「脳力活性」だの「脳を鍛える」だのといったタイトルの本がよく目につく。しかも、子ども向けから中高年向けまであって、一種ブームの様相がある。もちろん「脳力」なんていう日本語はなく、誰かの造語なのだが、パテントを取っておけばさぞや儲かっただろう、と思うほどだ。

 本でこれだけあるのだから、テレビにないはずはなく、たとえば『脳内エステ IQサプリ』なんて番組があって、“脳のマッサージ(エステティック)”と“知能のための栄養補助(サプリメント)”というようなニュアンスなのでしょう。

 

 では、「脳力活性」だなどというからどんなものかと見てみれば……何のことはない、たいていはいわゆる「頭の体操」の類で、ちっとも新しいものじゃない。

 この「頭の体操」も造語だが、何で“いわゆる”と付けたかというと、若い人たちはどうか知らないけれど、ある世代から上の人たちにはそう言っただけで、共通認識できるコトバだからだ。それぐらい日本人には膾炙しているし、このコトバが出てきたときのインパクトが強かった証拠にほかならない。

 

 その元になったのは、このコトバをタイトルとした1冊の本だった。

光文社カッパブックスとして1966年(昭和41)に出版され、その年を代表するベストセラーになると同時に、パズルクイズブームを巻き起こした。

 著者は心理学者の多湖輝(たごあきら)教授。「頭の体操」というネーミングも新しかったが、著者の名字もめずらしく、これもたぶんインパクトのひとつになったと思うね。

 で、どれぐらい売れたかというと、シリーズが20集も続き、あれから30年にもなるというのに、第1集は版を重ねて250万部にも至っているという(現在は光文社「知恵の森文庫」)。

 なんでそんなに売れたのか。時は高度経済成長まっただ中。2年前に東京オリンピックと東海道新幹線開通の二大イベントをやってのけて、さあこれから欧米に追いつき追い越すぞ、というタイミング。そのためには“柔軟なアタマと発想の切りかえが必要だ”とされた時代性とうまくフィットした――と言う人は言う(ちなみに「体操」は東京オリンピックを意識したものだそうな。30へぇ)。

 

 ならば、今日の「脳力」ブームもわからないでもない。30年前も時代の転換期だったが、いままた転換期の渦中だからだ。

 企業も終身雇用や年功序列制度が崩れ、サラリーマンはサバイバルの時代。老後だってちっとも安泰じゃない。これからいったいこの社会がどうなっていくのか、誰にもわからない。古い価値観は捨てて、またアタマを切り換えていかないと、これからは生きていけませんよ……という意味では、いまのブームのほうがその背景はシビアである。

 

(『P's ANIMO』誌 2005.WINTER号掲載分に一部加筆)

 



(20:16)