June 2005
June 22, 2005
デジタルカメラというのは、撮影直後にその場でどう撮れたか確認できるし、パソコン上でいじれたり、そのままメールに添付して送れたりするので、ぼくらのような商売にとって便利といえば便利なのだが、フィルムカメラの、たとえばDPEから受け取るまで仕上がりがわからないから、仕事がらみのものなど撮り損ないがなければまずほっとするし、会心のショットと思えるものが1枚でもあろうものなら嬉しくなる――というようなあたりの感動が薄いような気がしてならない。
それはさておき、デジカメも含めてカメラというのは、いまやどこの家庭にも1台や2台はあり(カメラ付きケータイの登場で1人1台の時代か)、生活用品の一つのようになっているけれども、そうなった――つまり誰もがカメラを持つという“カメラの大衆化”は日本の場合、そんなに昔のことではない。ほんの30年ほど前、1970年代のことで、それを推し進めたのは、2台の日本製コンパクトカメラの登場だったと言っていい。
カメラの大衆化の要件は何か。
それは“誰でもちゃんと写真が撮れること”だ。
その命題を背負った開発者が現像所を回り、マーケティングしている中で気がついたのが、シロート写真に撮り損ないが多いということだった。
一番の原因は光量不足だ。
「写真を撮る」ことの基本は光の量。これをコントロールするのが絞りとシャッタースピードで、足りなければストロボで補正する――というのは、カメラを知っている人で、シロートはただシャッターを押しまくる。そこで、まず光量の失敗がないようにストロボを内蔵することを考え、開発した。
もうひとつは、ちゃんと“焦点が合っている”ということだ。ストロボ内蔵を実現した同じ開発者が次に取り組んだのがこの“ピント合わせを自動にする”という課題で、これもクリアして製品を世に送り出し、かくして“誰でもちゃんと写真が撮れる”カメラの登場で、日本のカメラの大衆化の時代が始まった。
――と書くと簡単なようだが、いまではカメラのジョーシキ(付いていて当たり前)であるこの「ストロボ内蔵」「オートフォーカス」という機能は、いずれも“世界初”の技術であり、革命的なことだった。だから、その開発の過程はNHK『プロジェクトX』の題材にも十分なり得るものだったと思う。
愛称を言えば誰でも知っている。
ストロボ内蔵は『ピッカリコニカ』(1974)、オートフォーカスは『ジャスピンコニカ』(1977)で、その名でわかるように開発したのはいずれも小西六写真工業。現コニカミノルタだが、本稿で『ピッカリ…』ではなく『ジャスピン…』をタイトルとしたのは、「カメラの日」(11月30日)が『ジャスピン…』の発売日としていることと、本体とレンズがセパレートゆえにむずかしいと言われた一眼レフのオートフォーカスを商品化し、こちらは一眼レフの大衆化に貢献したのがミノルタの『α7000』(1985)だったことに敬意を表してのことである。
(『P's ANIMO』誌2004.summer号掲載分に一部加筆)
June 20, 2005
梅の実が落ちたときの音です。ドンは屋根。ガンは庭にあるプレハブの物置の屋根。ドスッは庭土に直接落ちる音で、前述のドンドンは屋根に落ちて一度撥ねた音だったようだ。
庭に面したガラス戸を開け、見上げると、おお実っているし、でかくなっている。はてさてどうしたものか。とりあえず、ロシアン・ウォッカのストリチナヤを2本ばかり買ってきて広口瓶に入れ、庭に落ちた梅のうち綺麗なものを拾い上げ、洗ってはそこに放り込む、ということを始めたのだけれども……。
引っ越してきた時期は秋だったが、もとより無粋だから庭木なんぞには関心がなく、それが梅であることを知ったのは翌年の春、花が咲いたからだった。しかも、実をつけた。もったいないので梅酒をつくった。それでも剰ったので梅干しを仕込んだ。そうしたら梅酒はもとより(簡単だものね)、梅干しがことのほかうまくでき、これがうれしかった。
塩だけで漬けた本来の梅干しを求めようと思えば、自分で漬けるのが安上がりだし一番だ……というので、配偶者がいた頃に二度ほど市販の梅を購って自家製梅干しにチャレンジしたことがあったけれども、ここでは庭木に実がなるのだ。これを梅干しにせずに何とする――と誰でも思うんじゃない?
「ねえ、今年はやらないの? 梅干しにはしないの?」
ドン、ガン、ドスッの音がそう聞こえてくる。不精のぼくにプレッシャーをかけてくる。ここ2年ほどは梅干しづくりはやらなかった。それは実のつき方がいまいちだったからだが、今年はそうではないから、いまそのプレッシャーを多いに感じているところだ。
1.(購うなどして)梅の実を用意する。
2.その実を一晩水に漬ける(アク抜きなどの意味があるらしい)。
3.少量の焼酎(飲み残しでけっこう)と、できるだけ天然に近い塩を用意する。
4.水気を切った梅の実を一粒一粒焼酎で洗い(カビないようにするためだというが)、それからその一粒一粒に塩をまぶして容器に詰めていく。梅対塩の割合は5対1が適当とされている。つまり梅が2キロなら塩400グラムということになるが、そこは目分量だ。そして一粒一粒塩をまぶして容器に入れたあと、残りの塩を蓋のように振りかける。
5.その上をラップで覆い、落とし蓋をして重しを乗せる。この重しは何でもいい。ぼくの場合は以前仕事がらみで買ったダンベルのウエイト部分2キロを、水が入らないようにフリーザーパックに入れて使っている。
――基本的にはそれだけだ。
やがて梅の実は、塩との浸透圧の関係で水分を出し始める。これが梅酢で、利用方法はさまざまある。赤く色づけたい人は、同じくこの時期にしか出ない赤紫蘇を買って、塩揉みしてアクを除いたのち、一緒に漬け込む(最近はアク抜き・塩揉みしたものをパックして売っていたりする)。
そうこうしているうちに梅雨が明け、夏がくる。その7月の土用の頃に容器から取り出して干す。ぼくの場合は3枚セットでン百円だったと思うが、丸形のザルに並べて陽光に晒す。
ただし、問題は「うまく漬かるか」というと、なかなかそうはいかないことだ。
ぼくの場合、おおむね皮が固くて、塩っぱいだけで終わることが多い(実の熟し方の問題なのか重しの具合なのか、いまだによくわからない。誰か教えてください)。言ってしまえば失敗作なのだが、なに、自分がつくったと思えば失敗作といえども可愛いではないか。