June 20, 2005

庭木の梅 明け方、何とか書き終えた原稿をメールに添付して依頼先に送り、バッタリと寝ているとドンドンという物音。わが家はインタフォンなどというものがないから、さては宅配便でも来たか、モノは何だろうと「ふわーい」と寝ぼけ声で返事しつつ玄関までよろよろ歩いてゆき、ドアを開けるが、誰もいない。
 ははぁ……
 
 このところ、夜中に起きていると突然の物音がする。ある時はドンであり、ある時はガンだ。ドスッという場合もある。
 梅の実が落ちたときの音です。ドンは屋根。ガンは庭にあるプレハブの物置の屋根。ドスッは庭土に直接落ちる音で、前述のドンドンは屋根に落ちて一度撥ねた音だったようだ。
 庭に面したガラス戸を開け、見上げると、おお実っているし、でかくなっている。はてさてどうしたものか。とりあえず、ロシアン・ウォッカのストリチナヤを2本ばかり買ってきて広口瓶に入れ、庭に落ちた梅のうち綺麗なものを拾い上げ、洗ってはそこに放り込む、ということを始めたのだけれども……。
 
 借家の庭に梅木があり。こいつが季節になると実をつける。といっても毎年のことではなく、その年に立派なやつを大量につけたと思うと、翌年は指の先ほどの大きさで終わりということもあって、人に聞くとそういうものであるらしいが、いまだによくわからない。
 引っ越してきた時期は秋だったが、もとより無粋だから庭木なんぞには関心がなく、それが梅であることを知ったのは翌年の春、花が咲いたからだった。しかも、実をつけた。もったいないので梅酒をつくった。それでも剰ったので梅干しを仕込んだ。そうしたら梅酒はもとより(簡単だものね)、梅干しがことのほかうまくでき、これがうれしかった。
 
 日本人だもの、梅干しは必需品である。しかし市販品には不満が多い。安いやつは梅干しでも何でもなく、酢と化学調味料をまぶしたまがい物であり、ちゃんとしたものを購おうとすればやたらと高い。高いばかりか、減塩作業(流水でもって塩分を流す)してさらに調味したものもあって、油断ができない。
 塩だけで漬けた本来の梅干しを求めようと思えば、自分で漬けるのが安上がりだし一番だ……というので、配偶者がいた頃に二度ほど市販の梅を購って自家製梅干しにチャレンジしたことがあったけれども、ここでは庭木に実がなるのだ。これを梅干しにせずに何とする――と誰でも思うんじゃない?
 
 ……なんて話をすると、「梅干しを自分でつくるなんてマメだねえ」と言われる。「作業が大変でしょう?」とも言われるが、そんなことはない。
 問1に答えると、理由の一番は前述のごとく市販品はまがい物が多いのと高いことだが、梅の実というのはいつもあるものではなく、1年のうちのほんのいっとき、この時期にしかないという理由もある。
 独り暮らしで、フリーという時間に縛られない仕事をしていると、もともと不精というタチも手伝って、時間やら季節感といったものとかなり無縁な生活になってしまう。今年だって、ふと気づけば1年が半分近くも過ぎていて、またあっという間に年の瀬ということになるんだろう。そんなメリハリのない暮らしだからこそ、不精ながらもやっていることがひとつだけあって、それは正月の設えだ。といっても大層なことをやっているわけではなく、普段はほとんどやらない家の掃除を2日ほどかけてやり、それから屠蘇を用意し、雑煮の出汁を取り餅を購い、数の子その他正月らしい祝肴を少しばかり買い求める……という程度なのだが、それでもちっとは気分が新たになる。
 
 そこに加わったのが梅干しづくりで、3年4年と続けていれば、これも自分の決まり事のひとつになっていく。というより、庭木の梅の実がぼくを急かすのだ。
「ねえ、今年はやらないの? 梅干しにはしないの?」
 ドン、ガン、ドスッの音がそう聞こえてくる。不精のぼくにプレッシャーをかけてくる。ここ2年ほどは梅干しづくりはやらなかった。それは実のつき方がいまいちだったからだが、今年はそうではないから、いまそのプレッシャーを多いに感じているところだ。
 
 問2に答えると、梅干しづくりは大変ではない。ぼくの場合はこうだ。

1.(購うなどして)梅の実を用意する。
2.その実を一晩水に漬ける(アク抜きなどの意味があるらしい)。
3.少量の焼酎(飲み残しでけっこう)と、できるだけ天然に近い塩を用意する。
4.水気を切った梅の実を一粒一粒焼酎で洗い(カビないようにするためだというが)、それからその一粒一粒に塩をまぶして容器に詰めていく。
梅対塩の割合は5対1が適当とされている。つまり梅が2キロなら塩400グラムということになるが、そこは目分量だ。そして一粒一粒塩をまぶして容器に入れたあと、残りの塩を蓋のように振りかける。
5.その上をラップで覆い、落とし蓋をして重しを乗せる。この重しは何でもいい。ぼくの場合は以前仕事がらみで買ったダンベルのウエイト部分2キロを、水が入らないようにフリーザーパックに入れて使っている。

 ――基本的にはそれだけだ。
 やがて梅の実は、塩との浸透圧の関係で水分を出し始める。これが梅酢で、利用方法はさまざまある。赤く色づけたい人は、同じくこの時期にしか出ない赤紫蘇を買って、塩揉みしてアクを除いたのち、一緒に漬け込む(最近はアク抜き・塩揉みしたものをパックして売っていたりする)。
 そうこうしているうちに梅雨が明け、夏がくる。その7月の土用の頃に容器から取り出して干す。ぼくの場合は3枚セットでン百円だったと思うが、丸形のザルに並べて陽光に晒す。
 こまめにやろうと思えば、昼間陽を当てた梅干しは、毎晩漬け汁に戻すのがよいといわれるけれども、そういうところが「面倒だ」と思われる所以だろうね。ぼくなんかそんなことはしない。ザルの上からラップをかけて雨露をしのぎながら(水分はザルの下方から蒸発するだろう)3日3晩放置する。そして、再び梅酢に戻す――。
 
  ね、簡単でしょう?
 ただし、問題は「うまく漬かるか」というと、なかなかそうはいかないことだ。
 ぼくの場合、おおむね皮が固くて、塩っぱいだけで終わることが多い(実の熟し方の問題なのか重しの具合なのか、いまだによくわからない。誰か教えてください)。言ってしまえば失敗作なのだが、なに、自分がつくったと思えば失敗作といえども可愛いではないか。
 では、その失敗作をどうするか。種を取り、叩いて梅干しペーストにし、カツオ節などと混ぜ込んでもよし、そいつを湯飲みに入れ、醤油をちょいと垂らして番茶を注げは「梅醤番茶」となる。それも面倒ならば、焼酎の湯割りに放り込んで処理をするという方法もあって、“腐っても鯛”ならぬ“失敗しても梅干し”なのだ。
 ……というわけで、毎日梅木を見上げている今日この頃のぼくです。
 


(04:00)

May 18, 2005

オールド 誰が最初に命名したのか、ボトルの形状から主に関東では「ダルマ」、関西では「タヌキ」という愛称で呼ばれる。
 もちろんサントリーのウイスキー・オールドのことだが、商品名由来でない愛称を持つ酒なんてほかにあるだろうか。
 裏返せばそれだけ愛されたということで、いや実際、ついこの間までオールドは国産ウイスキーを代表する商品だった。

 なぜそれほど愛着を持たれたのか。それは、戦後日本のサラリーマン社会のある種あこがれの対象だったから、と言っていい。
 
 オールドの登場は復興期の1950年(昭和25)。とはいえ大手企業の平均給与だって1万3000〜5000円程度という時代に、この新商品は1500円もしたから、安月給族はもっぱらちょっと前、1946年(昭和21)に出た同じサントリー(当時は「寿屋」)のトリスウヰスキーで満足していた。「トリスバー」なんてものができるのが、この時代です。
 しかし、まもなく日本は高度経済成長期に突入、“一億総サラリーマン時代”の幕が開く。
 
 サラリーマンの生きがい、やりがいは何といっても出世である。
 そこで、大衆酒トリスと高級酒オールドの間に、戦前生まれで名品と言われた角瓶(通称「カク」。1937年=昭和12)を置いて、これが出世のシンボルとなった。つまり、いまはトリスを飲んでいるけれど、いつかはカクを飲むぞ、さらに出世できたらオールドを飲むんだ――という図式ですね。

 一方、景気がいよいよイケイケドンドンになった頃、よく言うところの“右肩あがり”の時代ってやつですが、サントリーは「二本箸作戦」なる戦略を展開する。ウイスキーを和食料理屋など“二本箸”の店にも置かせようというもので、提案されたのが和食にも合う「水割り」なる飲み方(昔の映画を見ると、それこそトリスバー的なところで客はウイスキーをストレートで飲んでいる)と「ボトルキープ」というシステム。その中心商品がオールドだった。
 
 以降、サラリーマンの酒の飲み方といえば、ボトルをキープして水割りで、というスタイルになっていくのだが、このボトルキープという日本独自のシステムもまた、“いつかはオールドをキープするぞ”という彼らの向上心をあおっていき、所得も増えてサラリーマンが時代を謳歌できるようになると、酒場の棚は社用族のダルマ(タヌキ)で埋め尽くされていった。

 この図式が崩れるのは、直接的には外圧による1989年の税制改革によって輸入洋酒が一気に安くなったためで、それまでスコッチのジョニーウォーカー赤ラベル(通称ジョニ赤)でももらおうものなら、それこそ居間に置いた安っぽい合板製のサイドボードなんぞに飾り、何か特別なときだけ栓を開ける、というようなものだったのが、その上のクラスで高級輸入洋酒の代表だったジョニ黒だって、いまや2000円台で買えてしまう時代になっているものね。
 
 が、それだけではない。同時に、時代はバブル崩壊(1991年)直前で、終身雇用・年功序列・給料はベースアップで毎年上がる――というような従来のサラリーマン社会構造の終焉も間近だった、そのことも無縁ではないと思う。

 ぼく自身のことをちょっと記せば、給料者生活をしたこともあるけれど、そんなウイスキーにシンボライズされるような社会にいたわけではないので、無縁だった。初めて飲んだウイスキーはサントリー・レッドで高校生の時だったが、社会人になって、20代におおむね飲んでいたのはサントリー・ホワイト(新宿ゴールデン街に入り浸っていた)で、その次と言えば前述のように輸入洋酒が安くなったことと、酒の雑誌で仕事をしていた関係でハマったことから、いきなりバーボンに飛ぶのだけれども、最近の若い連中に、「最初に飲んだウイスキーは何?」と問うと、「ワイルドターキー」だの「グレンリベットの12年」なんて答えが返ってきて……ちょっとばかりクヤシイ。
 
(『P's ANIMO』誌 2004.WINTER号掲載分に一部加筆)


(20:35)

May 03, 2005

 たとえば昼間、みのもんたがテレビで「○○には××を食べるのがいい」といえば、夕方、その食物がスーパーの店頭から消える――というような、おバカな「食」の現象のことを言い表すうまいコトバはないものか、とつねづね思っていた。
『粗食のすすめ』の幕内秀夫さんは、そのまんま“みのもんた症候群”などと言っていたが、誰かに説明するのに毎回毎回、「ホラ、みのもんたがテレビでしゃべるとさぁ……というような現象」というのも面倒くさい。
 何か、ズバッと一言で、かつ批判性も含んだコトバはないものだろうか?
 
 そうしたら、4月3日の東京新聞に挟み込まれた日曜版「世界と日本 大図解シリーズ No.677」が“あります”と教えてくれた。
 
  フードファディズム Food Faddism
 
  と言うのだそうだ。説明によれば、
 
〈「ファド(Fad)は英語で「熱狂的で、一時的な流行」を意味する。一般的には、「マスメディアや食品・健康食品産業などから日々、大量に発信される食べ物に関する健康・栄養情報を過大評価したり、過信すること」を言う。ある食品に含まれる物質の有益性などを摂取量や頻度、実験の詳細を曖昧に表現し、「これを食べると○○に良い」などと針小棒大に取り上げる風潮もその一例だ。〉
 
 ……だそうです。

 新聞ではさらに、フードファディズムを、
〃鮃効果をうたう食品の爆発的な流行
 遠くは「紅茶キノコ」、近くは「ココア」「カスピ海ヨーグルト」「にがり」なんてのがありましたね。
⊃品・食品成分の“薬効”強調
 海藻ではなくて、海藻に含まれるフコイダンが……などという言い方だ。
食品に対して不安をあおり立てる
 の3タイプに分類。
 そして、フードファディズムが広がる以下の4つの社会的要因を挙げている。

●十分すぎる食料が供給されている
 …そもそも飢えていれば、食べ物についてあーだこーだなど言わない。

●過剰なまでの健康志向や「健康であらねばならぬ」という強迫観念が社会全体に漂っている
 …日本の場合、“強迫観念”が“漂っている”どころの話じゃない。“健康増進に取り組まないものは非国民である”と言わんばかりの「健康増進法」なる法律があるからだ。国家が法でもって国民個人の健康に介入したのは、過去ナチスドイツだけだと言われる。なぜ介入するかといえば、戦時にあっては強い軍隊の確保と、丈夫な兵隊サン予備軍を産んでもらうためだ。いまは何かというと、国民医療費や介護費を1円でも減らしたい、というだけのことで、アナタやワタシの健康を気遣ってくれているわけじゃないのだよ。

●食料の生産や製造、流通に対して、ばく然とした不安や不信があること
 …BSE問題など、これはいろいろある。

●イメージや情報に流されやすい人がたくさんいること
 …とはいえ、上記のような要因があるのだもの。どうしたって、情報に右往左往させられてしまうのもむべならぬことではあるよなあ。
 
 ともあれ、これからそういう人たちのことは「フードファディッシュなヒトビト」と呼ぼう……って、何かコトバの響きが格好良すぎるような気がしないでもないのだけれど。


(13:07)