October 10, 2005
パソコンを立ち上げてまずやることは、誰だってそうだと思うがメールの確認だ。
いつの頃からか、開くとメール数が60通だの70通と届くようになった。いや、ぼく個人宛てに知人・友人・仕事先からそんなに来るわけではない(そんなに来るほどメールのやり取りをしたり、仕事がたくさんあったりするわけではない)。
ぼくが関わっているある非営利団体宛に来るメールが転送されてくるように設定していて、大半はそれなのだ。しかも、中身はというと、もちろん大事なものもあるのだけれども、それ以外は無差別に送りつけてくる出会い系やH系サイト、海外からのわけのわからないサイトからのもので、しかも事業によってアドレスを複数設定しているものだから、前記のような数に上ってしまう。
ゆえに、まずやることはメールの確認であり、それらわけのわからないメールの削除で、いちいち中身を見るわけではもちろんないから、次々と削除するのだけれども、精神的にくたびれてしまう。いー加減にせーよ!
最近、手が込んできたのは女性名で来るメールで、もう慣れたから見知らぬ名前については片っ端から削除するのだが、中で1回だけ引っかかったのがあった。なぜかというと、単発ではなく、日をおいて送られてくるシリーズものだったからだ。
で、一度は全部削除したのだけれど、振り返ってみたらなかなか面白かったな、と思っていたら、再びアプローチして来たので、今度は取っておいた。
それが以下の、名付けて「井川りかこ物語」である。
さて、最初のメールだ。
【プロローグ】
To: ××××(ぼくが関わっている団体のメールアドレス)
From: 井川りか子(××××=先方のメルアド)
Subject: 私のアドレスにメールした記憶はありますか?
私のメールボックスにエクセルらしき添付ファイル付きでメールが来てたんですが…どんなご用件でしょうか?
送信者アドレスが私の知らないアドレスだったので、何か間違いかと思って。
添付ファイルの内容はもしウィルスだったらと思って開いてません。
4458_sumi_15.xlsと言う名前のファイルです。
もし重要な書類だったらと思いメールしたんですが…。
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井川 りかこ
その団体のホームページ担当者T(30歳、♂、独身)は律儀に「送っていません」と返事したらしいが、責任あれば誰だって返事してしまうだろう。
そうしたら、次のメールが……。
【第1章】
To: ××××
From: ××××
Subject: 添付ファイルの事でメールした井川りかこです。
私の方でもパソコンに詳しい知り合いに聞いてみたりして調べたんですが、いたずらウィルスじゃないかと言う結論になりました。
ただ、開かなかったのでウイルスに感染してはいないようです。
お騒がせしてごめんなさい。
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井川 りかこ
これで一件落着だと普通は思うよな。そうしたら急展開……。
【第2章】
To: ××××
From: ××××
Subject: 井川りかこです。何度もメールしてしまって
無神経かもしれませんが…もし良かったらメル友とまではいきませんがメール交換でもしませんか?
実は先週離婚して今、実家に居るんです。
近くに誰も話相手もいないし。突然届いたメールに返信してしまったと言うのもあるんです。
もし暇なお時間とかあるんでしたら、お話し相手にでもなってくれませんか?
無理にとは言いませんので。気が向いたらでいいです。お返事下さい。
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井川 りかこ
このあたりでぼくも彼も怪しいと思ったのだが、続いて……。
【第3章】
To: ××××
From: ××××
Subject: どうも、井川です。
何もする事が無く、迷惑かと思いつつメールに手が伸びてしまいました。
メル友をお願いしたとは言え、何も知らない私にメールするのも微妙ですよね…。
一応自己紹介しておきます。
32歳で、先週離婚したばかりです。子供は居ません。
今は実家に一時的に住んでいます。
離婚の原因は…夫の浮気です。
2週間も家に帰って来なかった時期があったりとずっと前から怪しかったのですが。
色々と調べた結果、会社の部下と浮気を2年していた事が発覚して。
まぁ、よくある話ですが自分にまかさ起こるとは思いませんでした。
こんな話をするのは少し気が引けたのですがお話を聞いてくれる相手もいなくて。
勝手に私一人盛り上がって迷惑をかけるのも嫌なのでこの辺で。
またメールしてしまうかもしれませんがお願いしますね。
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井川 りかこ
夫の浮気に悩む人妻、というキャラクターで迫ってきました。さらに……。
【第4章】
To: ××××
From: ××××
Subject: メール楽しいですね。井川です(^-^)
実家に居るからと言って親に甘えようと思ってたのですが…出戻りなんだからと言う理由で家事は私がさせられています。
離婚後の良い気分転換だとは思うんですけど。
親には毎日、毎日、言われるんです。
早く恋人の一人でも作ったら?って。
確かにこっちに戻って来てから私の周りには異性の気配がしませんが…気分なんてそう上手に切り替えられないですから…。
それと、思ったんですがやはり私が何処に住んでいるのか気なりますよね?
実は実家と住んでいた家は隣の県なので(^^ヾ戻っているとは言えない感じです。
ただ、あくまで今はメールでの関係ですからあえてそこは知らなくてもいいのでは?そう思って言わないんです。
もし、これが実際に会うと言う話になるのなら少しは違いますがそれは私は今は考えてないので。
こっちに戻って来てから少し変わったと言えばデジカメを買って色々と写真を撮るようになりました。
風景の写真、空の写真、自分の写真。日記の様に撮っています。
別に何でもないんですが。
新らしい事を始めるのって少しですが違いますよね。
何か今興味あってしてる事ってありますか?
長くなってしまってごめんなさい(^-^;
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井川 りかこ
これだけ読むと、まるでこっちが相手の誘いに乗って、メル友になったみたいじゃないの。早めに言っておくけれど、決してそんなことはないぞ。しかし、生活のディテールを書くというリアリティ作戦がニクイね、どうも。
さらにフレンドリー、かつ核心に迫りつつ、読んだ本の話なんかあって……。
【第5章】
To: ××××
From: ××××
Subject: 何だか日課になりつつあります。井川です(^-^)
昨日色々考えてたんですが。男の人ってどういう感覚で女性を見るんでしょう?
やっぱり素敵な女性はどんな状況でも結婚していても一番好きな人がいても抱きたいって思うんですかね?
男の人と女は違いますよね。
逆に綺麗じゃない女性でも抱かせてくれるならそれはそれで受け入れてしまうのでしょうか…。
私自身、22歳で結婚するまでは男性とお付き合いした経験が無かったもので(^-^;
別れた主人が最初の恋人であり、生涯の相手だと思ってたんですけどね…。
写真、撮ったの送ってみたりしたいのですがウィルスとかやっぱり私自身添付ファイルには怯えているので機会があったら見せたいと思います。
今日はなんだか少し脱力していてずっと本を読んでいました。
川北義則著、いちばん大切な生き方 ひとりになって、見えてくることわかること
と言う本です。
本屋さんで見かけてついつい買ってしまったのですが。
正直文字が頭に入って来ないので眺めてる程度でした。
昔は漫画ばかり読んでた自分がこういう本に手を出すのは変化なんでしょうか。
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井川 りかこ
川北義則さんというのは知らないが、調べたらこんなプロフィールだった。
1935年大阪生まれ。1958年慶應義塾大学経済学部卒業後、東京スポーツ新聞社に入社。文化部長、出版部長を歴任。1977年退社、日本クリエート社を設立する。現在、出版プロデューサーとして活躍するとともに、生活経済評論家として、新聞、雑誌などに執筆。講演も多い。主な著書に『人生・愉しみの見つけ方』『いまはダメでも、きっとうまくいく。』『40歳から伸びる人、40歳で止まる人』(以上、PHP研究所)、『自分のための24時間』(三笠書房)、『中高年のマーケットを狙え!』(ダイヤモンド社)、『だれでもできる30歳からの貯め方・殖やし方』(河出書房新社)ほか多数がある。
ともあれ、こうなると次のメールに期待大だ。そうしたら……。
【終章】
To: ××××
From: ××××
Subject: 井川です。勇気のいる告白ですが…。
このメールアドレスが明日には使えなくなってしまうみたいなんです。
私、メールをしながら錯覚してしまったのかもしれませんが、以前はメールだけの関係と言ってましたが。
正直な意見として会ってみたい。そう思ってしまいました。
勇気がないので…直接伝える勇気の出ない言葉と私の写真を住んでる地域情報サイトに載せました。
サイトの「お相手検索」から「恋人募集」にして、私の血液型「O型」を入れたら検索できるはずです。
名前はそのまま「井川りかこ」で待っています。
×××××(サイトのURL)
このURLから見る事が出来ます。
もし、そういう出会いを求めてくれるのであれば私の携帯の番号を教えます。
私のフリーアドレスでも平気だったので簡単に使えました。
それでは、待っていますね。
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井川 りかこ
というラストレターでありました。
そしてぼくらも、井口りか子嬢とお別れしたのでした。
りかこォ、元気かぁ〜。
※このメール群の日付は今年の6月〜7月で、本文を書いてからウェブで調べたら、大変な話題になっていたことを追記しておく。
September 25, 2005
昨夏の終わり、一人のアメリカ人男優の死が報じられ、その訃報を目にした多くの日本人があるフレーズを思い出した。
男優はチャールズ・ブロンソン。そのフレーズとはもちろん〈ウーン、マンダム!〉……と、つい想像してしまったほど、「ブロンソン」といえば「マンダム」、「マンダム」といえば「ブロンソン」のイメージの結びつきは強い。実際、日本のマスコミ報道で、「マンダム」に触れなかったものは一つも目にしていない。
戦後生まれの男の子たちのオシャレは、まず髪の毛から始まった。
その先駆的商品が、1962年(昭和37)にライオンが若者をターゲットに、米国ブリストル・マイヤー社と提携して発売した液体整髪料「ヴァイタリス」だ。それまで整髪料といえばポマードやチックといった、髪の毛を固めるベタベタ系のものしかなく、しかしそれらは、たとえば僕の中ではそれらは“父親のニオイ”として記憶されているほどオッサン臭いモノだった。
そこへ登場した「ヴァイタリス」は、当時花開きかけていたアイビーファッションの、短髪をナチュラルに七三に分けるアイビーカットをキメるのにピッタリだと、またたく間に若者に膾炙していった。
続いて登場し、若者たちのオシャレごころをさらに煽ったのが、資生堂が1967年(昭和42)に発売した「MG5」シリーズだ。ヘアリキッド・トニックといったヘアケア製品はもとより、スキンケアからフレグランスまでトータル23品目というラインナップで、ここにおいて「男性化粧品」というジャンルが初めて生まれたといっていい。
この「MG5」によって男性化粧品という市場がつくりあげられたところへ、いきなり登場し、いきなり市場を奪ったのが、チックの代表的ブランドだった「丹頂」が起死回生をかけて投入した「マンダム」で、1970年(昭和45)のことだ。
前年に公開された仏映画『さらば友よ』で、主役のアラン・ドロンを食う存在感で注目されたとはいえ、まだまだ有名とはいえなかったブロンソンを広告キャラクターに起用、「MG5」が団次郎(朗)や草刈正雄といったバタ臭いイケメンキャラクターでスマートなカッコよさをアピールしたのに対して、やっぱり丹頂というべきか男臭い外国人オッサンで勝負、見事に大当たりして、以降8年にわたって「マンダム=ブロンソン」攻勢は続き、そのブランドを揺るぎないものにするとともに、発売の翌年には社名も「マンダム」に改めている。
その成功は、極論すればブロンソンというキャラクターに負うところが大きかったと思うし、ブロンソンも日本では「マンダム」のおかげで津々浦々まで知られた、と思う。
報道によれば、ブロンソンの訃報に対し、マンダムでは供花を送ったという。
(『P's ANIMO』誌 2004.spring号掲載分に一部加筆)
※ちなみに、ブロンソンのCMの監督は、まだメジャーデビュー前の大林宣彦さん。ここから、いわゆる“外タレブーム”が始まるのだが、大林さんはソフィア・ローレン(ホンダの女性向けバイク“ラッタッタ”)はじめ、外タレCMの多くを手がけている。
September 07, 2005
●1本目
地下鉄にて。
座席シートの右端に坐っていたら、すぐ右手、乗降ドア前に立っていた女子高生と思しき2人連れの話し声が聞こえてきた。
「この雑誌って、“熱い紙”という意味よねえ。どういうことなんだろ?」
「わかんなーい」
“熱い紙”とはどんな雑誌ぞ? と首を右にひねって見上げたら、1人が雑誌を広げていて、表紙に『Hot Pepper』とあった。
もう少しお勉強をがんばるようにね。
●2本目
大阪から単身赴任で東京に来ていて、ついこの間大阪に戻った友人のT氏。
居酒屋でとりとめもない話をしていたら、きっかけは何だったか、ぼくが「不義密通は……」と言ったら、
「それはあきまへんわ。多すぎる」
とT氏。
「へっ?」
と問い返すと、
「不義も、ひとつやふたつならともかく、3つは多いわ」
あのー、“3つ”じゃなくて、“密通”なんだけど……ま、たしかに“不義3つ”は多いわな。
●3本目
ファストフードの代表、Mクドナルドの広告キャンペーンのキャッチコピーにいわく、
ファーストフード。
そのおいしさや安心は、
スローにつくられています。
「スロー」ということばに新たな意味を付与したのは、イタリアの田舎町から発せられた「スローフード運動」だが(それについては島村菜津著『スローフードな人生!』=新潮文庫=に詳しい。いい本です)、その発端がローマに進出しようとしたMクドナルドに対する反対運動だったことはよく知られている(結局進出しちゃったけど)。
その運動の理念は、ファストフードに象徴される大量生産・大量消費・大量廃棄を前提としたグローバリゼーションを強いるアメリカ的世界侵略に対する抵抗で、それを“自分たちの食の文化を護り、子供たちに伝承していく”という地点から始めよう――というものだ。
一方、シューマッハー『スモール・イズ・ビューティフル』を文字って『スロー・イズ・ビューティフル』なる本を著し、マクドナルド的20世紀的価値観からの転換を訴えたのが文化人類学者の辻信一で、その“スロー”には“エコロジカルでサスティナブルなあり方”という意味が込められていた。
しかし、いまやことばもまた消費されていくものでしかない。「スロー」ということばもまた使い回され、都合のいいように曲解されて、ついにはMクドナルドが企業イメージの広告キャンペーンに使うまでになってしまった……という、笑っちゃうけど笑ってはいられないお話しでした。